嬉しかった

嬉しかった。ただただ、幸せだった。一日中、心が満たされていた。私は感情が顔に出てしまうタイプだ。そしてそれはもちろん、両親も知っていることだ。「蘭」彼が私の名前を呼び、見つめあうと甘いキスが降り注ぐ。もちろん実家だから、キスの先に進むことはない。でも、唇を重ねるだけで、とろけてしまいそうだった。「久我さん呼び、復活してるね」「え……」「君の両親の方が、僕の名前を呼んでくれるよ」「……うるさいな。おやすみ!」何となく分が悪くなり彼に背を向けると、クスクスと笑う声が背中越しに聞こえ、後ろから抱き締められた。子宮內膜異位症不孕 私はそっと彼の手に自分の手を重ね、目を綴じた。今日という日を笑って一緒に過ごせたことに感謝をしながら、眠りについた。きっと今夜は、素敵な夢を見るに違いない。翌朝、私が目を覚めたときには、既に久我さんの姿はなかった。慌ててスマホを覗くと、まだ朝の七時。休日の朝にしては、早い時間に起きれた方だと思う。まだ眠たい。

せめて、あと一時間は寝たい。でも、ここは実家だ。更に久我さんの姿がここにないのなら、私も今すぐ起きないと。まだ寝たい、でも起きなくちゃ。両極端の感情の中でものすごく葛藤しながらも、どうにか布団から抜け出し、襖を開けた。すると、エプロン姿で母とキッチンに立つ久我さんが目に飛び込んできた。しかも、白いレースの付いたフリフリのエプロンだ。母が無理やり着せたのだろう。「あぁ、起きたんだ。おはよう」「蘭にしては早く起きたじゃない。顔、洗ってきなさいよ」「ねぇ、そのエプロンめちゃくちゃ似合ってないんだけど」「僕は結構気に入ってるんだけどな」「ちょ、朝から笑わせないでよ……」写真に撮りたいくらいツボにハマってしまい、ニヤニヤ笑いながら母に言われるままに顔を洗いに行った。そしてリビングに戻り、ソファーに座りながら新聞を読んでいる父の隣に座った。「蘭、おはよう。昨日は酔いつぶれてすまなかったな」「おはよ。お父さん、本当にヤバかったからね。てか、みんな起きるの早くない?久我さんとお母さん、朝ごはん作ってくれてるの?」「匠くん、料理も出来るんだってね。おかげで朝からお母さん、上機嫌だよ」父が言うように、久我さんと並んで料理をする母はハイテンションだ。それにしても、たった一日でずいぶん親しくなった気がする。

正直、母は気難しい所があるから、いくら久我さんでもここまで母の信頼を勝ち取ることが出来るとは思っていなかった。「頻繁に帰ってこいなんて言わないから、たまには匠くんを連れて帰ってきてくれよ。あんなに楽しい夜は、久し振りだったなぁ」「……もう酔いつぶれないなら、たまに帰ってきてもいいけど」「気長に待ってるよ」一緒にお酒を飲むだけで楽しんでくれるのなら、なんぼでも付き合ってあげる。親が喜ぶ姿を見たい。そんな風に思える自分になれて、良かった。「蘭!のんびりしてないでお皿とか出してちょうだい」「はいはい」ここに来た当初は日帰りのつもりだったのに、まさか泊まることになり朝から家族で食卓を囲むことになるなんて、一夜が明けた今でも不思議だ。「匠さんが作った卵焼き、見た目も綺麗で本当に美味しいわね」「ありがとうございます。お母さんが作った味噌汁も絶品ですよ。きのこが沢山入っていてだしがよく出てますね」「ヤダ、嬉しいわ。お父さんも蘭も、私の料理を褒めることなんてほとんどないから、作りがいがないのよ。匠さん、良かったらいっぱい食べて」「僕、朝はしっかり食べる派なので遠慮なくいただきます」母と久我さんの会話を聞きながら、私は黙々と朝食を食べ進めた。もしここに久我さんがいなければ、会話らしきものなんてなかっただろう。むしろ、母にうるさく小言を言われて私が怒りケンカになっていたかもしれない。本当に、久我さんの存在は貴重だ。とにかく上機嫌の母は、朝食を食べ終えた後も強引に彼をお茶で引き留めた。