冬乃にとっても
冬乃にとってもうひとり初見な男が出てきて。
斎藤が振り返った。
「はい、今朝方に」
「ああ、期指 それで昨夜は会わなかったんだな」
「永倉さん。ちょうどいいや、」
沖田の声に、永倉と呼ばれたその男がすぐに視線をずらし、沖田と隣の冬乃を見やった。
「紹介しますよ。彼女が冬乃さんです」
「例の!」
ぽん、と永倉が手を叩き。
どうも、これまでの初見の人皆が皆して、事前に冬乃の件を聞いている様子に、冬乃は内心苦笑しながら。
「永倉様、冬乃と申します。よろしくお願いいたします」
頭を下げる。
(お会いできて光栄です、永倉様。そして、)
素晴らしい史料を遺してくださり有難うございます。
胸内に呟きながら。
その素晴らしい史料を遺してくれたもう一人の存在が、
そして不意に顔を出したのだった。
「おや、皆さんお揃いで」
と。
頭を上げた冬乃の目に、その大男の姿が映る。
沖田と並ぶ体格のその男は、だが、着痩せしていそうな沖田とは真逆で、
てっぷりと着膨れて肉付きがよく相撲取りのような巨漢である。横に並ぶ永倉がものすごく小さく見えてしまうほど。
「島田さんも、おはようございます」
沖田が声をかけた。
「彼女は、冬乃さんです」
「島田様、冬乃と申します。よろしくお願いいたします」
言いながら、
(ほんとに力さんなんだあ)
嬉しくなって、冬乃はぺこりと再び頭を下げた。
島田魁の、愛称である。力士のように怪力の力さん。その通りに、大関をも投げ飛ばしそうだ。 「なんだ、おまえら朝っぱらから集まって」
そこに。
冬乃の天敵、土方までもが顔を出した。
途端、土方のほうも冬乃の存在を見つけ。
「・・おめえ」
(む)
こんなところまで来るなよ
とでも言いたげな眼を刹那に向けられ。冬乃は慣れたとはいえ、気分がよくない。
「おはようございます、土方副長」
渋顔で挨拶を渡した冬乃に、土方はふんと鼻を鳴らした。
かあ
遠く頭上を烏が、間抜けた声を落として去っていく。
「冬乃さんは、ここには少しは慣れたのかな」
漂った剣呑な雰囲気を気遣うように、人懐こい笑顔で島田が、冬乃へ話しかけてくれた。
「あ、はい。おかげさまでなんとか」
「それはよかった。男所帯の中ではいろいろ大変でしょうけど、がんばってください」
(島田様、天使~!!)
「ありがとうございます・・!」
「では顔合わせも済んだことだし、中、覘いていきますか。といっても小さい部屋が二つあるだけですが」
沖田が当初の提案を覚えていてくれた様子で、はっと顔をあげた冬乃を促すように、縁側へと上がり。
慌てて草履を脱ぎ、沖田に続いた冬乃に、
「待て」
しかし制止の一声が響いた。
「総司、この女から密偵の疑いが完全に失せたわけじゃねえ。こんな所まで案内するな」
(うわ・・)
「今は使用人として働いてもらってる以上、ここにも出入りすることはあるでしょう」
勝手を知っておいたほうがいいのでは
と、土方の制止に対し沖田が素気なく返すのへ。
「駄目だと言ったら駄目だ!」
ぴしゃり、と土方が言い放った。
「おいおい、朝からそう怒鳴るな」
そこへ障子の奥から、さらに男が出てきた。
(近藤様!)
「おはようございます、先生」
「おはよう、近藤さん」
「おはようございます、局長」
それぞれが途端に近藤へ向き直って挨拶し。
「みんなおはよう」
冬乃さんもおはよう
と、変わらぬにこやかな微笑で、近藤が冬乃を向いて、
「おはようございます近藤様」
冬乃は畏まってぺこりと返し。
「いいじゃないか、歳」
そんな冬乃の耳に、近藤の穏やかな声が届いた。
「べつに見られて困る物など、そもそも置いてないだろう」
「土方さん、俺からも頼むよ」
永倉の声が追った。
「冬乃さんが出入りしてくれれば、ここの掃除洗濯をこれからは彼女に頼めるんだろ?」
(はは)
続いたその台詞には、少々苦笑したものの冬乃は、顔をあげて。
「もちろん、させていただけるなら喜んで致します」 すかさず永倉が、おっ。と嬉しそうに微笑った。できた愛嬌のある笑窪に、冬乃はおもわず絆される。
「・・・近藤さんが良いっていうなら俺は止めねえよ。が、永倉、おめえ洗濯くれえ自分でやるか下男にやらせろよ」
「え?」
「女に下帯洗わせる気か」
「こりゃ違いねえ」
土方のツッコミに。永倉が、首の後ろを掻いてみせ。
(た、たしかに)
冬乃も冬乃で目を瞬かせた。
そういえば洗濯するとなれば、上着だけじゃないに決まっている。
(でも、)
沖田のであれば。構わないのだが。
(ていうか、えと・・)
どちらかというと洗ってみたい・・・。
よもや冬乃がそんなことを咄嗟に思っているとは、露ほども知らぬ土方達が、収まったその場を解散する素振りになり、
そんななか沖田が冬乃を振り返り、眼でついてくるよう伝えてきた。
部屋は二つが横並びに繋がった形だった。
縁側に面していない奥の座敷は、近藤と土方山南が使っていると、沖田が説明する。
「あの、」
冬乃は、そこで目に飛び込んできた異様な光景を凝視した。
「この防具の山は・・・」
古びた剣道の胴当てが、壁一面に所せましと積みあがっているのである。
「ああ、」
沖田がけろりと笑った。
「簡易の槍除けです」
槍除け!?
目を丸くする冬乃に、沖田が補足する。