「それも仕方ありませんわ

「それも仕方ありませんわ。どれもこれも冬乃さんが謝ることありませんの、頭を上げてください」
 千代の慌てた声に、冬乃は頭を上げながら、胸内をちくりと刺される想いに、小さく息を吐いて。
 
 千代のほうは、冬乃を気遣うように小首を傾げた。
 「それに冬乃さんとお出かけできるだけで楽しすぎるくらいですもの。沖田様には、どうかご自愛くださいますようお伝えください」
 
 その、かわらぬ千代の明るい笑顔と。
 もし冬乃がこんなふうに、international school hong kong island 千代と沖田の再会を妨害するつもりでさえ無ければ、救われたであろうその優しい台詞に。
 
 冬乃は、もはや耐えられず。この後また仕事に戻らなくてはいけないと言い置いて、早々に千代の家を後にした。
 
 
 
 
 昼間の人通りの多い中、何事も無く帰屯した冬乃は、女使用人部屋へと戻り。
 
 (今日の持ちまわりは・・)
 
 お孝が今朝きて置いていった当番表を手に取る。
 
 使用人をもう数人雇ってもらえるように茂吉が動いてくれているらしい。大変なのもあと少しだろうかと。
 願いつつ冬乃は、前掛けをつけて外に出ると、縁側に立てかけてある箒とハタキを手に取った。 途中ですれ違う隊士達が、挨拶してくれるのへ返しながら隊士部屋の建物へと向かう。
 千代の家から帰ってくる頃は空を覆いがちだった雲の隙間を、覗き始めている日差しに冬乃は目を細めた。
 
 遠くからは、隊士たちの威勢のいい掛け声が聞こえてくる。移転に伴い増設された道場からだ。
 本来ならばお経が聞こえてくるはずの、ここ西本願寺の境内で、勇ましい男達の哮え声が響いているさまに、冬乃はおもわず笑ってしまう。
 
 
 「冬乃さん、」
 
 前から近づいてきていた隊士が、つと冬乃を呼び止めた。
 
 (ええと?)
 たしか一昨日あたりに声を掛けてきた隊士の中にいた気がする。
 
 「考えておいてくださいましたか?」
 
 「え」
 立ち止まるしかない冬乃が、戸惑って彼を見返すと、
 
 「僕と呑みに行くことをです」
 きりりとした眼差しが、冬乃を見つめてきて。
 
 彼が眼鏡をかけていたなら、確実にフレームを人差し指で持ち上げているだろう。
 冬乃の学校にいる風紀委員たちのような、どことなく潔癖な雰囲気が漂っていた。
 もっとも、いきなり呑みに誘ってくる時点で、風紀委員も何もないかもしれないが。
 
 (誰だっけ・・)
 あの時、名乗られた気もするが、何人も同時だったのでよく覚えていないのだ。 「あの、すみません。前回もお伝えしたと思うのですが、忙しいので呑みに行ける時間が無いのです」
 
 「そもそも、僕の名前を覚えてくださってもいませんよね」
 「え」
 
 「つまるところ、はなからご一緒くださる気がないだけでしょう」
 
 冬乃は押し黙った。
 というより、そこまで分かっているなら、諦めてくれてもいいものだが。
 
 「僕は池田小三郎といいます。まずは覚えてください」
 
 (覚えてくださいって)
 
 冬乃は苦笑してしまいながら、その記憶にある名に改めて思い至った。
 そういえば池田はこう見えて、のちに沖田達と同じく組の撃剣師範を務めるほどの、一刀流剣術の遣い手だ。
 
 
 冬乃はおもわず見直して、いずまいを正してから、
 「ごめんなさい」
 ぺこりと詫びた。
 
 「以後、池田様のお名前は忘れません。ただ、呑みには行けません」
 
 「そもそも、休みの日も忙しいと仰いますが、夜までお忙しいのですか」
 顔を上げた冬乃を、きりりと、やはり眼鏡の似合う顔が追求してきて。
 
 「ハイ」
 冬乃は慌てて頷く。
 
 「いつも夜もお忙しいということは、いつも先約があるということですよね?それも夜ならば、呑みの先約が」
 
 「そういうわけではないんですが・・」
 なんだか理詰めで迫られそうで、冬乃は恐々と構える。

「死に物狂いで向か

「死に物狂いで向かってくる奴らとは死闘だったし、逃げ出す奴らは殺すわけにはいかないけど、逃げられないようにしなきゃならないから、追いかけ回して傷負わせて、でもそうするとまた、殺されると思って歯向かってくる奴も出てくるでしょ。大変だったんだから」

 

 そして、moomoo そんなふうに冬乃に説明してくれる藤堂に、

 「まったくだよ、」

 沖田が相槌を打ち。

 

 「もう埒あかないから逃げてる奴は吹き抜けへ蹴り落とした」

 (え)

 「ほんとさ勘弁してよね、何かいきなり降ってきたと思ったら。驚かさないでよ」

 「仕方ないだろ、」

 沖田が笑う。

 「とにかくあの場じゃ片っ端から戦闘不能にさせるしかなかったんだから」

 

 (・・・じゃあ)

 けろっとしている沖田を冬乃はまじまじと見つめた。

 (沖田様が病で離脱したというのは、やっぱり永倉様の史料の記録間違い・・?)

 

 もっともその顔なら、死ぬほど眠そうだが。

 

 今も大あくびをしている沖田を見上げながら冬乃は、永倉の記録を思い起こす。

 

 (たしか、)

 『浪士文久報国記事』、永倉が直筆した記録。

 それには、

 

 池田屋の主人が、現れた近藤達に驚き、

 二階の志士達へ告げるためか主人は、奥の階段のほうへと走ってゆき、

 近藤達はその後を続いて追ったところ、

 

 二階で志士たちが抜刀し、

 近藤はそれに対して「御用改めである、手向かうものは斬り捨てる」と威嚇した。

 それでも斬りかかってきた者を沖田が斬り捨て、それにより下へ逃げる者が出て、 近藤は「下へ」と指図した。

 

 とあったはず。

 なら、近藤達はある程度、奥の階段を上がっていて、

 そして沖田が最初に斬り伏せたなら、近藤と沖田が先頭を昇っていたはずで、

 永倉と藤堂は昇りきらずに二階を見上げる中途の位置、または表階段側を昇りきった位置に居て、

 階段は近藤達に塞がれているから、志士達は二階から一階へと飛び降りて逃げだしたのだろう。

 (おかしいのは、)

 そこで『沖田総司病気ニテ会所江引取』の一文がいきなり続いていることで。

 まるで誰かが、その空いていた余白に後から書き足したのではないかとさえ思う程に唐突で、不自然な。

 

 

 (もしそんなさなかで“病気”で何らかの不調を起こしていたら、斬られもせずにいられるものなのか、ずっと不思議だった・・)

 

 

 この謎の沖田に関する一文の直後は、

 『是(これ)より三人奥奥ノ間ハ近藤勇~台所より表口ハ永倉新八~庭先ハ藤堂平助~』と、

 近藤、永倉、藤堂三人の、その後の移動先が書かれていて。 是(これ)、つまり、沖田が斬り捨て、志士が一階へと飛び降りてゆくのへ近藤が「下へ」と指図した、それにより、永倉と藤堂が一階へと完全に戻って、近藤自らも階段を駆け下り一階の奥の間へ、永倉は台所、藤堂が吹き抜けの中庭を固めた。

 

 謎の一文を除外して前後をそのまま続けて読めば、つまり沖田がその場に留まり、近藤、永倉、藤堂の三人が、煌々と照る灯りに助けられつつ一階を固めに行った、と受け取れる。

 しかし謎の一文を挟んだ場合。そうして三人が、逃げ場を求めて飛び降りる志士達に対して一階の場を死守するまでの間、沖田はどうしたのか。

 

 

 そもそも報国記事での永倉の一文では、とくに沖田が“倒れた”とも書いてはいない。

 

 なんらかの病気の不調が出たが倒れるほどではなかったとしたなら、沖田がその混乱と乱闘のさなかをひたすらぬって玄関まで進み、

 死闘を繰り広げている近藤と仲間を残して、ひとり遠くの会所まで行ったということになる。

 あまりにも、それは考え難い。

 

 

 ちなみに永倉が老年に口述で遺した小樽新聞の記事においては、”肺病で倒れた”とある。

 

 肺病はどうとしても仮に本当に沖田が倒れたのだとして、この状況で誰が、奥の階段から沖田を無事に運び出せたのか。

 その時点でそんなことが無事に済むような経路も人手もあるはずがなく、そんな早期に昏倒して斬られずにいる自体が、まず不自然で。

 

冬乃にとっても

冬乃にとってもうひとり初見な男が出てきて。

 斎藤が振り返った。

 

 「はい、今朝方に」

 「ああ、期指 それで昨夜は会わなかったんだな」

 

 「永倉さん。ちょうどいいや、」

 沖田の声に、永倉と呼ばれたその男がすぐに視線をずらし、沖田と隣の冬乃を見やった。

 

 「紹介しますよ。彼女が冬乃さんです」

 「例の!」

 ぽん、と永倉が手を叩き。

 

 どうも、これまでの初見の人皆が皆して、事前に冬乃の件を聞いている様子に、冬乃は内心苦笑しながら。

 「永倉様、冬乃と申します。よろしくお願いいたします」

 頭を下げる。

 

 (お会いできて光栄です、永倉様。そして、)

 素晴らしい史料を遺してくださり有難うございます。

 胸内に呟きながら。

 

 

 その素晴らしい史料を遺してくれたもう一人の存在が、

 そして不意に顔を出したのだった。

 

 「おや、皆さんお揃いで」

 と。

 頭を上げた冬乃の目に、その大男の姿が映る。

 

 沖田と並ぶ体格のその男は、だが、着痩せしていそうな沖田とは真逆で、

 てっぷりと着膨れて肉付きがよく相撲取りのような巨漢である。横に並ぶ永倉がものすごく小さく見えてしまうほど。

 

 「島田さんも、おはようございます」

 沖田が声をかけた。

 「彼女は、冬乃さんです」

 

     「島田様、冬乃と申します。よろしくお願いいたします」

 言いながら、

 (ほんとに力さんなんだあ)

 嬉しくなって、冬乃はぺこりと再び頭を下げた。

 

 島田魁の、愛称である。力士のように怪力の力さん。その通りに、大関をも投げ飛ばしそうだ。 「なんだ、おまえら朝っぱらから集まって」

 

 そこに。

 冬乃の天敵、土方までもが顔を出した。

 

 途端、土方のほうも冬乃の存在を見つけ。

 「・・おめえ」

 

 (む)

 こんなところまで来るなよ

 とでも言いたげな眼を刹那に向けられ。冬乃は慣れたとはいえ、気分がよくない。

 

 「おはようございます、土方副長」

 渋顔で挨拶を渡した冬乃に、土方はふんと鼻を鳴らした。

 

 かあ

 遠く頭上を烏が、間抜けた声を落として去っていく。

 

 「冬乃さんは、ここには少しは慣れたのかな」

 漂った剣呑な雰囲気を気遣うように、人懐こい笑顔で島田が、冬乃へ話しかけてくれた。

 「あ、はい。おかげさまでなんとか」

 「それはよかった。男所帯の中ではいろいろ大変でしょうけど、がんばってください」

 

 (島田様、天使~!!)

 「ありがとうございます・・!」

 

 「では顔合わせも済んだことだし、中、覘いていきますか。といっても小さい部屋が二つあるだけですが」

 沖田が当初の提案を覚えていてくれた様子で、はっと顔をあげた冬乃を促すように、縁側へと上がり。

 

 慌てて草履を脱ぎ、沖田に続いた冬乃に、

 「待て」

 しかし制止の一声が響いた。

 「総司、この女から密偵の疑いが完全に失せたわけじゃねえ。こんな所まで案内するな」

 

 (うわ・・)

 

 「今は使用人として働いてもらってる以上、ここにも出入りすることはあるでしょう」

 勝手を知っておいたほうがいいのでは

 と、土方の制止に対し沖田が素気なく返すのへ。

 

 「駄目だと言ったら駄目だ!」

 ぴしゃり、と土方が言い放った。

 

 

 「おいおい、朝からそう怒鳴るな」

 そこへ障子の奥から、さらに男が出てきた。

 

 (近藤様!)

 

 「おはようございます、先生」

 「おはよう、近藤さん」

 「おはようございます、局長」

 それぞれが途端に近藤へ向き直って挨拶し。

 

 「みんなおはよう」

 冬乃さんもおはよう

 と、変わらぬにこやかな微笑で、近藤が冬乃を向いて、

 

 「おはようございます近藤様」

 冬乃は畏まってぺこりと返し。

 

 「いいじゃないか、歳」

 そんな冬乃の耳に、近藤の穏やかな声が届いた。

 

 「べつに見られて困る物など、そもそも置いてないだろう」

 「土方さん、俺からも頼むよ」

 永倉の声が追った。

 

 「冬乃さんが出入りしてくれれば、ここの掃除洗濯をこれからは彼女に頼めるんだろ?」

 

 (はは)

 続いたその台詞には、少々苦笑したものの冬乃は、顔をあげて。

 「もちろん、させていただけるなら喜んで致します」 すかさず永倉が、おっ。と嬉しそうに微笑った。できた愛嬌のある笑窪に、冬乃はおもわず絆される。

 

 「・・・近藤さんが良いっていうなら俺は止めねえよ。が、永倉、おめえ洗濯くれえ自分でやるか下男にやらせろよ」

 「え?」

 「女に下帯洗わせる気か」

 

 「こりゃ違いねえ」

 土方のツッコミに。永倉が、首の後ろを掻いてみせ。

 

 (た、たしかに)

 冬乃も冬乃で目を瞬かせた。

 そういえば洗濯するとなれば、上着だけじゃないに決まっている。

 

 (でも、)

 沖田のであれば。構わないのだが。

 (ていうか、えと・・)

 

 どちらかというと洗ってみたい・・・。

 

 よもや冬乃がそんなことを咄嗟に思っているとは、露ほども知らぬ土方達が、収まったその場を解散する素振りになり、

 そんななか沖田が冬乃を振り返り、眼でついてくるよう伝えてきた。

 

 

 部屋は二つが横並びに繋がった形だった。

 縁側に面していない奥の座敷は、近藤と土方山南が使っていると、沖田が説明する。

 

 

 「あの、」

 冬乃は、そこで目に飛び込んできた異様な光景を凝視した。

 

 「この防具の山は・・・」

 

 古びた剣道の胴当てが、壁一面に所せましと積みあがっているのである。

 

 「ああ、」

 沖田がけろりと笑った。

 

 「簡易の槍除けです」

 

 槍除け!?

 目を丸くする冬乃に、沖田が補足する。

信継は目を見開く

信継は目を見開く。

これには、牙蔵もほんのわずか、反応した。

 

「…」

 

「…っ何を…!!」

 

詩は続ける。

 

「信継様、それより…お願いです…。

お梅さんを気に入っておられるなら、どうか…お梅さんを大事にしてあげてください」

 

「…はっ?」

 

真剣に頭を下げる詩を信継は茫然と見つめる。

 

「うめ…?」

 

詩は驚いたように信継を見て、それから思わず隣の牙蔵を見つめた。

 

「…梅とは誰だ?」

 

「……っ」

 

信継の言葉に、詩は明らかに傷ついた目をした。

 

「信継。

 

後宮の。三鷹の侍女」

 

牙蔵がボソッと言うと、信継はハッとしたように詩を見た。

 

「あ?

 

ああ…、あの女子か…」

 

信継の反応に、詩は信じられない気持ちで目を伏せる。

 

”2晩、一緒に過ごした”

 

男の人だ。まして大国の嫡男。

女子に対して複数の愛を持つのは仕方ないのかもしれないーーそうは思っても。

梅は詩の知っている人だ。

 

自分を『絶対嫁にする』と熱く語る信継が、一方で同じ女子である梅を、軽く扱うのは嫌だった。

梅のあんな、恋をする顔を見たらなおさらーー

梅のことなどすっかり忘れていた信継は、思い至ってカッと赤くなった。

 

「いやっ

 

桜、違う…違うぞ、

 

何を聞いたのか知らないが、それは誤解だ!!」

 

「…」

 

「俺は…あの女子にお前のことを聞いていたのだ!!

 

あの女子とは、何もっ…断じて何もない…!

 

俺が好きなのは桜だけだッ」

 

牙蔵はぷっと笑った。

 

詩は、なるべく動揺を顔に出さないようにしながらも、信継と牙蔵を交互に見つめる。

 

「本当だっ…

 

その女子に聞いてくれ…!」

 

「…私は…お梅さんからお聞きしてーー」

 

途端、ぷーっと牙蔵がたまらないとばかりにふき出す。

 

「…信継が悪いな。

 

夜の密室で後宮の女子と2人。それで何もないってのを信じろって方がおかしい。

ましてお前はそれを推奨される身分だし」

 

信継は真っ赤になって牙蔵を睨んだ。

 

「やめれ牙蔵っ!お前からも言ってくれ」

 

「知らないものを…無理だね」

 

牙蔵は冷たく突き放す。

 

「おいっ…!

 

桜!!ホントに何もないんだ…!!」

 

「あーあ」

 

どこか面白そうな牙蔵と、困惑したままの詩。

 

信継は焦って、必死に弁明する。

 

「もう一度でいいから、その梅に聞いてくれ!

 

俺は潔白だ…神仏に誓ってもいい」

 

「…」

 

「…っ…それより桜!!

さっきから、なんで牙蔵に懐いてんだ!!」

 

信継は面白くなさそうに牙蔵を睨み、詩を見つめた。

 

怒った顔。

 

信継は筋骨たくましい、大柄な男だ。

整った顔も迫力があって、もともと眼力も強い。

 

詩は睨まれた気がして、その迫力に思わずビクッとしてしまう。

 

牙蔵が庇うように詩の前に出た。

 

「ほら、怖がってるだろ」

 

信継はハッとして、前のめりになっていた上体を戻す。

 

カッと赤くなって、詩を恐る恐る見つめた。

 

「…すまん」

 

「いえ…」

 

詩は小さく会釈する。

 

「…桜」

 

詩は信継を見上げる。

 

「…怖がらせるつもりはなかった。

 

少し、2人になれるか」

 

静かな声に、牙蔵は音もなくスッと立ち上がる。

 

詩は少し不安気に、牙蔵を見上げる。

 

「…後で」

 

牙蔵は大丈夫だとでもいうように、かすかに頷いて詩に告げ、出ていった。

 

「…」

 

詩は姿勢を正したまま、信継を見る。

 

「桜」

 

静かな声だった。

 

やはり、父に似ているーー詩はそう思う。

 

「…怖がらせて悪かった」

 

詩は小さく首を振った。

 

「俺は…どうしたって、お前が欲しい」

 

「…」

 

信継の目ーー

 

その瞳の奥に揺らめく、熱い感情は。

まだ恋を知らない詩の心の奥にまで忍び込んできそうでーー

 

「本当に初めてなんだ…その、女子に…こういう気持ちを持ったのは」

 

「…」

 

「桜が…桜だから」

 

「…」

 

「桜が何者であってもーー俺は」

 

「…」

 

「お前を好きになった」

 

「…」

 

信継の瞳が大きくて、ゆらゆら揺れるそれは少し潤んでいてーー

色んな感情がほとばしって来るようでーー

 

「…」

 

詩は目を逸らせず、信継を見ている。

 

「自分でも…どうしたらいいかわからないぐらいに」

 

信継の吐息のような声。

 

信継は目を伏せた。

詩はまた、不思議な気持ちでそれを見ていた。

 

それだけで、山南はすぐに察知し

それだけで、山南はすぐに察知し、苦々しい顔をする。そう、御達示とは………芹沢一派の暗殺。そして粛清は始まった。新見錦…目立たぬ男だったが、れっきとした局長である。芹沢にひっつき、芹沢の威を借りて小さな悪事を繰り返す小心者。局長とは名ばかりで、芹沢の機嫌を取ってはその恩恵に預かっていた彼は、ここ数日の芹沢に何か違和感を感じていた。行きつけの揚屋で、新見は酒に酔いながら、芹沢の変化で生じた憂さを晴らす。したたかに酔った頃、藥性子宮環有無副作用 やってきた。「こんばんは、新見局長」「ん?おぉ、沖田ではないか!珍しいな、お主がこんなところにくるとは」酒に酔ったとろんとした目で、新見は突然現れた沖田を招き入れる。何故か沖田は女たちを下げ、部屋には新見と二人きり。新見は沖田の纏う空気に気付かなかった。嬉しそうに沖田に向けて徳利を揺らす。「飲め飲め、芹沢さんのツケだか―」ザシュッそれが、最期だった。新見が死んだ。その知らせは『法度の発布により、自らを省みた新見が潔く切腹した』と、真実を曲げられて組に伝えられた。だが、芹沢にはわかっていた。それが嘘だということも、次は自分だということも…いつになく険しい顔つきで、芹沢は八木家の離れの縁側に胡座をかき、雲行きの怪しい空を眺める。ふと、愛しい女の笑い声が聞こえた。「ん?お梅?誰と話しておる」少し大きめに声をかけると、お梅は一人の女を連れて芹沢の前にやってきた。連れてこられたのは紫音。芹沢は紫音を見て、思わず鉄扇を落とした。「お梅さん、ちょっと芹沢さんとお話させてもらっていいですか?…クスクス、大丈夫です、取りませんよ」不満そうに頬を膨らますその人を、紫音はかわいいと思った。これがりん気か。人を愛するからこそ生まれる感情。「ほな、うちはお茶でも煎れてきましょ」紫音の言葉に恥ずかしそうに頬を染めたお梅は、いそいそと家の中に入って行った。紫音は芹沢の落とした鉄扇を拾い、さも軽そうに自らを扇いでみせると、パチンと閉じ、芹沢に差し出す。

「こうしてお話するのは初めてですね」「…何しに来たんじゃ」近藤の友人と聞いている。お梅がいなければ前の自分ならモノにしたいと思うていただろう、美しい女。芹沢が知るのはそれだけだった。鉄扇を受け取りもせずに、芹沢は紫音から顔を背けた。「…一つ、聞きたい事がありまして」仕方なく鉄扇を芹沢の横に置く。紫音の言葉に芹沢は少しだけ顔を上げた。「何故、評判を落とすとわかっていながら恐喝や押し借りを続けたんです?焼き打ちまでしなくても良かったではありませんか」「…あれは儂ではない」想像もしてなかった答えに紫音は目を丸くする。その言葉の真意を知りたくて、紫音は黙って続きを待った。「儂が商家や金貸しに無理を強いたのは、そこが長人たちと繋がりがあると踏んだからじゃ。大和屋は、情報の漏洩を恐れた奴らが火を放った。証拠隠滅の為にの」それが真実かどうかはわからないが、紫音には嘘を言っているようには聞こえなかった。しばし顎に手を当てて考えた後、紫音は芹沢の手を取った。芹沢は思いも寄らぬ紫音の行動に目を見開く。だが、手を振りほどこうとはしない

 

嬉しかった

嬉しかった。ただただ、幸せだった。一日中、心が満たされていた。私は感情が顔に出てしまうタイプだ。そしてそれはもちろん、両親も知っていることだ。「蘭」彼が私の名前を呼び、見つめあうと甘いキスが降り注ぐ。もちろん実家だから、キスの先に進むことはない。でも、唇を重ねるだけで、とろけてしまいそうだった。「久我さん呼び、復活してるね」「え……」「君の両親の方が、僕の名前を呼んでくれるよ」「……うるさいな。おやすみ!」何となく分が悪くなり彼に背を向けると、クスクスと笑う声が背中越しに聞こえ、後ろから抱き締められた。子宮內膜異位症不孕 私はそっと彼の手に自分の手を重ね、目を綴じた。今日という日を笑って一緒に過ごせたことに感謝をしながら、眠りについた。きっと今夜は、素敵な夢を見るに違いない。翌朝、私が目を覚めたときには、既に久我さんの姿はなかった。慌ててスマホを覗くと、まだ朝の七時。休日の朝にしては、早い時間に起きれた方だと思う。まだ眠たい。

せめて、あと一時間は寝たい。でも、ここは実家だ。更に久我さんの姿がここにないのなら、私も今すぐ起きないと。まだ寝たい、でも起きなくちゃ。両極端の感情の中でものすごく葛藤しながらも、どうにか布団から抜け出し、襖を開けた。すると、エプロン姿で母とキッチンに立つ久我さんが目に飛び込んできた。しかも、白いレースの付いたフリフリのエプロンだ。母が無理やり着せたのだろう。「あぁ、起きたんだ。おはよう」「蘭にしては早く起きたじゃない。顔、洗ってきなさいよ」「ねぇ、そのエプロンめちゃくちゃ似合ってないんだけど」「僕は結構気に入ってるんだけどな」「ちょ、朝から笑わせないでよ……」写真に撮りたいくらいツボにハマってしまい、ニヤニヤ笑いながら母に言われるままに顔を洗いに行った。そしてリビングに戻り、ソファーに座りながら新聞を読んでいる父の隣に座った。「蘭、おはよう。昨日は酔いつぶれてすまなかったな」「おはよ。お父さん、本当にヤバかったからね。てか、みんな起きるの早くない?久我さんとお母さん、朝ごはん作ってくれてるの?」「匠くん、料理も出来るんだってね。おかげで朝からお母さん、上機嫌だよ」父が言うように、久我さんと並んで料理をする母はハイテンションだ。それにしても、たった一日でずいぶん親しくなった気がする。

正直、母は気難しい所があるから、いくら久我さんでもここまで母の信頼を勝ち取ることが出来るとは思っていなかった。「頻繁に帰ってこいなんて言わないから、たまには匠くんを連れて帰ってきてくれよ。あんなに楽しい夜は、久し振りだったなぁ」「……もう酔いつぶれないなら、たまに帰ってきてもいいけど」「気長に待ってるよ」一緒にお酒を飲むだけで楽しんでくれるのなら、なんぼでも付き合ってあげる。親が喜ぶ姿を見たい。そんな風に思える自分になれて、良かった。「蘭!のんびりしてないでお皿とか出してちょうだい」「はいはい」ここに来た当初は日帰りのつもりだったのに、まさか泊まることになり朝から家族で食卓を囲むことになるなんて、一夜が明けた今でも不思議だ。「匠さんが作った卵焼き、見た目も綺麗で本当に美味しいわね」「ありがとうございます。お母さんが作った味噌汁も絶品ですよ。きのこが沢山入っていてだしがよく出てますね」「ヤダ、嬉しいわ。お父さんも蘭も、私の料理を褒めることなんてほとんどないから、作りがいがないのよ。匠さん、良かったらいっぱい食べて」「僕、朝はしっかり食べる派なので遠慮なくいただきます」母と久我さんの会話を聞きながら、私は黙々と朝食を食べ進めた。もしここに久我さんがいなければ、会話らしきものなんてなかっただろう。むしろ、母にうるさく小言を言われて私が怒りケンカになっていたかもしれない。本当に、久我さんの存在は貴重だ。とにかく上機嫌の母は、朝食を食べ終えた後も強引に彼をお茶で引き留めた。

早速ワインとチーズを手に

早速ワインとチーズを手に、ソファーに座る久我さんの隣に腰かけた。「いっぱい食べたけど、晩酌はやめられないよね」そして、気分良くワインのボトルに手を伸ばした私の手に、久我さんの手が重なった。「ワインもいいけど、それより先に、気持ちいいことしようか」「え?」手だけではなく、隣で私を見つめる彼と視線が重なった。一体、どこでスイッチが入ったのだろう。避孕藥副作用迷思、まるで獲物を捕らえるような目をしていた。食われる。そう感じたのは、何度目だろう。次の瞬間、私の唇はあっけない程簡単に奪われるのだ。「ん……っ」キスだけでこんなに疼いてしまうなんて、私の身体がおかしいのだろうか。けど、どうしようもないほどに感じてしまう。舌が絡まる度に、胸の奥が熱く揺さぶられる。次第に彼の手がニットの中に潜り込み、私の胸を弄び始める。「や、待って……」「もうだいぶ待ったよ。本当は帰ってきてすぐに、こうしたかったんだから」「あ……っ」久我さんは、多分知っている。

私は耳元で囁かれると、興奮してしまう。だから彼は敢えて、私の耳にキスをしながら色気のある声で囁くのだ。「待って、お風呂に入ってないから……」慣れない料理をしたせいか、普段の仕事のときよりも汗をかいてしまった気がする。さすがにこのまま抱かれるのは嫌で小さな抵抗を見せていると、テーブルに置いていた私のスマホが鳴った。画面には、青柳の名前がハッキリと見えている。

「青柳からだ」「電話、出たら?」「……うん」彼の手の動きが止まり、私のニットの中に潜り込んでいた手がすっと離れていった。待って、なんて言っていたくせに、いざ離れると物足りなく感じてしまう。……私、面倒くさい女だ。「もしもし。何?」「あ、電話出た。桜崎、今大丈夫?」「大丈夫だから電話出てるんでしょ。どうしたの?何かあった?」「いや、来週の同期会のことなんだけどさ」何の話かと思ったら、来週の末に予定している同期の飲み会のことだった。普段は依織と甲斐、青柳に私の四人で行きつけの居酒屋で飲むけれど、来週は他にも何人か参加する予定だ。「俺、幹事だろ?店、どこにするか悩んでるんだよ。桜崎と相談して決めようと思って」「店なんていつもの所でいいじゃない。ていうか、私じゃなくて甲斐に相談すれば?甲斐の方が店詳しいと思うけど」「俺もそう思ったんだけど、アイツ電話出ないんだよ」きっと甲斐は今頃依織とイチャイチャしているのだろう。結局、わざわざ今話さなくてもいいようなことで時間を取られ、電話を切った。私が青柳と話している間、久我さんは席を立っていたけれど、すぐに戻り私の隣に座っていた。「ごめん、青柳からだった。大した話じゃなかったんだけど」「そう。じゃあ、もういい?」「え……」「先にお風呂、入ってきていいよ。タオルとか用意しておいたから」電話中、席を立って何かしている気配は感じていたけれど、タオルを用意してくれていたんだ。とりあえず、お風呂に入れるなら嬉しい。私は久我さんのお言葉に甘え、バスルームに向かった。服と下着を脱ぎ、まずはシャワーで汗を流す。久我さんの家のシャワーの圧は、強すぎず弱すぎず、ちょうど良くて好きだ。ボディソープをスポンジで泡立て体を洗っていると、突然バスルームの扉が開いた。何事かと思い後ろを振り向くと、そこには裸の久我さんがいて、至って普通の感じで入ってきた。「ちょっ、何してんの?」「何って、僕もシャワーで汗流そうと思って」「それはわかるけど、何で今なのよ……私の後に入るんじゃなかったの?」「一緒に入った方が早いだろ。背中、洗ってあげるよ」「……」久我さんは私の手からスポンジを抜き取り、私の背中を優しく洗い始めた。