「久我さん……」「こんばんは

"  「久我さん……」「こんばんは。凄い偶然ですね」「そうですね……」そこで私は、今自分が化粧を落としたスッピンの顔でいることに気が付いた。よりによって、なぜこんなときに知り合いに会ってしまうのだろう。「すみません、私今温泉に行った帰りなんで酷い顔してて……」「酷くなんかないですよ。確かに化粧はしていないと思ったけど、綺麗です」久我さんは、檢查朱古力瘤 を見つめる。私はその視線を直で受け止められず、目を逸らした。それにしても、社交辞令が上手な人だ。きっと女性を褒めることに慣れているのだろう。「これから晩酌ですか?」「あ……はい。今日は友達が私の家に泊まるので……あ、今友達はトイレに行ってるんですけど」スッピンを見られていることがどうしても気になり、早くこの場から逃げ出したくて仕方なかった。でも、私は話を切り上げたいのに、久我さんは話を止めようとしない。「あぁ、そうだ。七瀬さんに調整してもらったこの眼鏡、凄くいいですよ」「え……本当ですか?」私は仕事ぶりを褒められることに弱いのかもしれない。それまで逸らしていた視線を、自然と合わせてしまった。""  「今まで眼鏡は家で使うことが多かったんですけど、この眼鏡は見やすいから仕事のときも使うようになりましたよ」「そうですか……喜んでもらえて良かったです」「次はコンタクトを新しいものに変えたくて。また七瀬さんに担当してほしいんですけど、来週行ってもいいですか?」「はい、もちろん!お待ちしています」するとそこで、私と同じくスッピンの蘭がトイレから出てきた。「お待たせー……依織の知り合いですか?」蘭もスッピンのはずなのに、少しも恥じることなく堂々と久我さんを見つめる。スッピンに自信がなく目を逸らしてしまう私とは違う。「七瀬さんが勤めている眼科でお世話になっています。久我といいます」「どうも。依織の友人の桜崎です。私もあの病院で看護師やってるんですよ」「そうなんですか」蘭と久我さんが軽く言葉を交わしている間、私は買い物カゴを持ちこっそり久我さんを見上げていた。今日は大型連休なのにスーツを着ているということは、彼にとっては休日ではなかったのだろう。一体何の仕事をしているのだろうか。それにしても……前回のときも今日も、装いに隙がない。きっとこういう人のことを、完璧な人だというのかもしれない。""  「僕も今からレジに行くんで、良ければ一緒に支払いますよ」久我さんの手には、ミネラルウォーターと缶ビールが握られている。もちろん払ってもらうわけにはいかないため、私はその申し出を断った。本当に何から何までスマートな振る舞いで、逆に困ってしまう。「いえ、大丈夫です!私たち、まだ買うもの沢山あるんで。先に行って下さい」「そうですか。じゃあ七瀬さん、また来週」「あ、はい。来週、お待ちしています」久我さんは私と蘭に軽く会釈をし、レジの方へ去って行った。「あの人、稀に見るイケメンだね。年齢はうちらより少し上くらいかな」「間違いなく私たちの職場にはいないタイプだよね」もし私と蘭が働く病院で久我さんが勤めていたら、職員だけではなく患者からも人気があるに違いない。「あの人、依織に気がありそう」「まさか……それはないでしょ」あんな完璧な人が、私に興味を持つはずがない。むしろ、蘭とは美男美女でお似合いだと思う。「あれは強力なライバルね。早速教えてあげないと」「ライバルって……何が?」「何でもない。ほら、うちらも早く買って帰ろうよ」私と蘭はこの日、深夜までお酒を飲みながら延々とガールズトークを繰り広げた。"『七瀬って、こういうの読むんだ。実は俺も、姉ちゃんの影響で少女マンガ結構好きだったりするんだよね』

甲斐とは同期だけど職種が違うため、最初はそこまで話す機会はなかった。だから、二人きりで会話をしたのはこのときが初めてだったのだ。そのとき、甲斐に声をかけられたのだ。『あれ、七瀬?』