「そうなんですか

"  「そうなんですか。凄い偶然ですね」まさかこんな所で会うとは思わなかった。久我さんとは以前コンビニでも鉢合わせたことがあったけれど、なかなかこんなに偶然が重なる人もいない。「もしかして七瀬さん、今からこの店で食事するつもりでしたか?」「あ……はい」「じゃあ、僕も今夜の食事はこの店にします」「えっ」「行きましょう」適当に嘘をついてこの場から立ち去れば良かったと、少しだけ後悔した。私は変なところで素直な部分があると、避孕藥迷思 や蘭に言われてきた。それはきっと、こういうところなのだろう。さすがに今から別の店にするとは言えず、私は先に店の扉を開けた久我さんの後に付いて行くしかなかった。「いらっしゃいませ。二名様ですね、奥の席にどうぞ」案内されたテーブル席に、久我さんと向かい合わせに座る。久我さんは早速テーブルに置かれたメニュー表を見ながら、何を注文するか私に尋ねる。「沢山あって迷っちゃいますね」「ゆっくり決めましょう。あ、このチーズのも美味しそうですね」「うわ、チーズいいなぁ。あ、でも和風のおろしハンバーグも捨てがたい……」メニューを見ながら真剣に悩む私を見て、久我さんはなぜか楽しそうに笑った。""  「どうしました?」「いや、可愛いなと思って」「……」「先に言っておきますけど、僕はお世辞を言えない人間なんで」「そう、ですか……」お世辞が上手ですね、と返そうとしたけれど、返す言葉が見つからなくなってしまった。私は目を合わせるのも恥ずかしくなり、ハンバーグを注文した後も意味なくメニューに目を通していた。「今日は、偶然会えて良かったです。七瀬さんからなかなか連絡来ないんで、もう一緒に食事には行けないと思っていましたから」「すみません……」「謝らないで下さい。僕が少し強引過ぎました。とりあえず今日は、ここの食事を楽しみましょう」久我さんは、とてもいい人だと思う。最初の印象も『いい人』だったけれど、だんだん言葉を交わす内に、最初に抱いた印象よりも今の方が『いい人』の印象が強くなっている。どれだけ注文に迷っても、一切嫌な顔は見せずに待ってくれる。私が気まずさを感じないように、会話を振ってくれる。多少強引なところはあるけれど、そこもきっと彼の魅力の一つになっているのだろう。「久我さんは広告代理店勤務なんですか。じゃあ、お忙しいですよね」「仕事はそれなりに忙しいですけど、僕は結構自由にやらせてもらってるんで。不満はないですよ」ネガティブなことは口にしない。少し、甲斐に似ていると思った。""  「今日はもしかしてこの後、仕事に戻るとか?」「普段なら今の時間はまだ会社ですけど、今日は珍しく早く終われたんです」久我さんは以前は営業を担当していたけれど、今は主に企画やマーケティングを担当しているらしい。広告代理店で働いている友人が私の周りにはいないため、久我さんの仕事の話は全てが新鮮で面白かった。「ちなみに営業のときは、帰宅は終電間際がほとんどでプライベートの時間は0に等しかったですよ」「それはきついですね。私なら、そんな毎日が続いたら精神的に余裕がなくなってしまいそうです」「七瀬さんの仕事は、普段残業はないんですか?」「ほとんどないですね。勉強会とかは毎月定期的にやるんですけど」久我さんも私の仕事については未知の世界らしく、興味深そうに私の話に耳を傾けてくれた。久我さんは話し上手で、同時に聞き上手でもある。きっと会社でも、周りから頼りにされ好かれているのだろうと感じた。しばらく互いの仕事の話をしたところで注文していたハンバーグがテーブルに運ばれ、次は食事についての話題に移った。「七瀬さんは、朝食はご飯派ですか?それともパン?」「絶対にご飯派です。パンも好きなんですけど、朝はお米を食べないと力が出なくて」"